「自分の理想の教育を実現したい」「塾講師としての経験を活かして独立したい」 そんな思いから、学習塾の経営を考えている方も多いのではないでしょうか。しかし、いざ開業となると「塾を経営するのに特別な資格はいるの?」「開業資金はどれくらい必要?」といった疑問や不安がつきものです。
この記事では、塾の経営や開業を目指すあなたのために、必要な資格の有無から、開業資金の目安、具体的な準備のステップまでを網羅的に解説します。この記事を読めば、塾の開業に向けた具体的な道筋が見え、夢への第一歩を踏み出すことができるでしょう。
塾経営に必須の資格・免許は「不要」

まず、多くの方が気にされている「資格」についてです。結論からお伝えします。
学習塾の開業に法的な資格は必要ない
学習塾を開業・経営するために、教員免許や特定の国家資格といった、法律で定められた必須の資格や免許は一切ありません。
極端に言えば、学歴や指導経験がなくても、誰でも「塾を開きたい」と思えば開業することが可能です。これは、塾の開業におけるハードルを下げている一方で、競合との差別化が非常に重要になることを意味しています。生徒や保護者から「この塾に任せたい」と選んでもらうためには、資格以上に指導力や実績、そして信頼性が問われます。
個人事業主として「開業届」の提出は必須
法的な資格は不要ですが、事業として塾を運営する以上、税務署への手続きは必要です。個人で塾を開業する場合、「開業届」の提出が必須となります。
- 【開業届とは】
正式名称を「個人事業の開業・廃業等届出書」といい、新たに事業を開始したことを税務署に申告するための書類です。 - 【提出期限】
事業を開始した日から原則として1ヶ月以内です。 - 【提出先】
納税地を管轄する税務署です。
また、開業届を提出する際には、「青色申告承認申請書」も一緒に提出することをおすすめします。青色申告を行うことで、最大65万円の特別控除が受けられるなど、税制上の大きなメリットがあります。
(参考:国税庁|A1-5 個人事業の開業届出・廃業届出等手続)
法人設立の場合に必要となる手続き
塾を法人(株式会社や合同会社など)として設立することも可能です。その場合は、個人事業主とは異なり、以下のような手続きが必要になります。
- 定款の作成・認証
- 資本金の払い込み
- 法人設立登記申請
法人は社会的信用度が高いというメリットがありますが、設立費用や手続きが複雑になります。そのため、最初は個人事業主としてスタートし、事業が軌道に乗ってから法人化(法人成り)を検討するのが一般的です。
経営で有利になる資格や経歴

必須の資格はありませんが、持っていると生徒や保護者からの信頼獲得につながり、経営で有利に働く資格や経歴は存在します。
教員免許・有名大学の学歴
教員免許や有名大学の卒業経歴は、指導力や学力を客観的に証明するものとして、保護者に安心感を与えます。 特に、まだ実績のない開業当初においては、強力な信頼の証となります。
塾講師・家庭教師としての指導実績
これが最も重要な要素の一つと言えるでしょう。 「〇〇中学校の生徒の成績を30点アップさせた」「〇〇高校に〇名合格させた」といった具体的な指導実績は、何よりの宣伝文句になります。
民間資格(学習塾講師検定)
指導スキルを客観的に証明したい場合、民間資格の取得も有効です。例えば、「学習塾講師検定」は、学習塾指導に必要な知識や技能を測る検定で、自身のスキルアップと保護者へのアピールの両方に役立ちます。
マーケティングや経営の知識
塾は教育サービスであると同時に、一つのビジネスです。どんなに優れた指導力があっても、生徒が集まらなければ経営は成り立ちません。 ターゲット設定、集客戦略、ウェブマーケティング、資金繰りといった経営の知識は、塾を長く続けていく上で不可欠です。
個人塾とフランチャイズの比較

塾を開業する形態には、大きく分けて「個人塾」と「フランチャイズ加盟」の2つがあります。それぞれのメリット・デメリットを理解し、自分に合った方法を選びましょう。
個人塾で開業するメリット・デメリット
メリット
【自由な経営】
指導方針やカリキュラム、料金、運営方法などをすべて自分で決められます。
【ロイヤリティが不要】
売上に応じた本部への支払いがなく、利益がすべて自分のものになります。
デメリット
【ゼロからのスタート】
知名度がないため、集客に苦労する可能性があります。
【ノウハウの自己蓄積】
教材選定や経営ノウハウなどをすべて自分で開拓する必要があります。
フランチャイズ加盟のメリット・デメリット
メリット
【ブランド力と知名度】
本部のブランド力を利用できるため、開業当初から集客しやすいです。
【確立されたノウハウ】
成功実績のある指導方法や経営ノウハウの提供を受けられます。
デメリット
【加盟金・ロイヤリティ】
開業時に加盟金を、毎月売上の一部をロイヤリティとして本部に支払う必要があります。
【経営の自由度が低い】
指導方針や使用教材などが本部によって定められており、自由な経営はしにくいです。
自分に合う経営形態の選び方
どちらの形態が良いかは、あなたの考え方や状況によって異なります。
塾の開業資金の目安と資金調達

塾を開業するには、どれくらいの資金が必要になるのでしょうか。ここでは、開業資金の目安と、その調達方法について詳しく解説します。
開業資金の総額目安は100万~500万円
塾の開業に必要な資金は、立地や規模、物件の状況(居抜きかスケルトンか)、内装へのこだわりなどによって大きく変動しますが、総額の目安は100万円~500万円程度です。
自宅の一部を教室にする場合は100万円以下に抑えることも可能ですし、駅前の好立地に広い教室を構える場合は500万円以上かかることもあります。資金計画を立てる際は、初期費用と運転資金の2つに分けて考えることが重要です。
初期費用(イニシャルコスト)の内訳
初期費用は、塾を開業する際に一度だけかかる費用のことです。主な内訳は以下の通りです。
物件取得費(敷金・礼金・保証金)
テナントを借りる場合にかかる費用で、最も大きな割合を占める可能性があります。家賃の4ヶ月~6ヶ月分が目安です。例えば、家賃15万円の物件なら、60万円~90万円が必要になります。
内装工事費・設備費
生徒が安全で快適に学習できる環境を整えるための費用です。壁紙の張り替え、間仕切りの設置、照明や空調の設備工事などが含まれます。物件の状態によりますが、数十万円~200万円以上と幅があります。
備品・教材費(机・椅子・PC)
生徒用の机や椅子、講師用のデスク、ホワイトボード、パソコン、プリンター、そして指導に使う教材などを揃える費用です。生徒数にもよりますが、30万円~100万円程度を見ておくとよいでしょう。
広告宣伝費
開校当初は塾の存在を知ってもらうことが何よりも重要です。チラシの作成・ポスティング、ウェブサイトの制作、Web広告の出稿などにかかる費用で、10万円~50万円程度が目安です。
運転資金(ランニングコスト)の内訳
運転資金は、塾の経営を継続していくために毎月かかる費用のことです。開業後すぐに経営が黒字化するとは限らないため、最低でも3ヶ月~6ヶ月分の運転資金を用意しておくと安心です。
資金調達の方法
開業資金をすべて自己資金でまかなうのが理想ですが、難しい場合も多いでしょう。その際は、以下のような資金調達方法を検討します。
自己資金
返済の必要がないため、最もリスクの低い資金です。融資を受ける際にも、自己資金の額は審査における重要な評価ポイントになります。
日本政策金融公庫からの融資
政府系の金融機関である日本政策金融公庫は、創業を支援するための融資制度を設けています。特に「新創業融資制度」は、無担保・無保証人で利用できる可能性があり、民間の金融機関に比べて金利も低く設定されているため、多くの起業家が利用しています。
(参考:日本政策金融公庫|新創業融資制度)
補助金・助成金の活用
国や地方自治体が、創業や事業拡大を支援するために提供している制度です。原則として返済不要なのが最大のメリットです。「小規模事業者持続化補助金」などが有名ですが、公募期間や要件が定められているため、常に最新の情報をチェックする必要があります。
個人塾の開業・経営までの7ステップ

ここでは、塾の開業準備から実際に開校するまでの流れを、7つのステップに分けて解説します。
ステップ1:事業計画書の作成
事業の成功を左右する最も重要なステップです。塾のコンセプトや指導方針、ターゲットとする生徒層、料金設定、収支計画などを具体的に文書に落とし込みます。この計画書は、金融機関から融資を受ける際の必須書類にもなります。
ステップ2:資金の調達
事業計画書で算出した必要資金をもとに、自己資金で不足する分を調達します。日本政策金融公庫などに融資を申し込む場合は、この段階で手続きを進めます。
ステップ3:物件の選定と契約
事業計画で定めたターゲット層が通いやすい立地を選びます。学校からの帰り道や住宅街の中など、生徒の生活動線を考慮することが大切です。また、安全性や周辺環境(騒音など)もしっかりと確認しましょう。
ステップ4:内装工事と備品・教材の準備
契約した物件を、学習塾として機能するように整備します。内装工事と並行して、机や椅子、ホワイトボード、パソコンなどの備品や、指導方針に合った教材を選定・発注します。
ステップ5:集客活動(生徒募集)の開始
開校の1ヶ月~2ヶ月前から生徒募集を開始するのが理想的です。チラシのポスティング、ウェブサイトやSNSでの告知、近隣の学校前でのビラ配り、体験授業や説明会の開催など、様々な方法で塾の魅力をアピールします。
ステップ6:開業手続き(開業届の提出)
事業を開始する準備が整ったら、管轄の税務署へ「開業届」を提出します。この手続きをもって、正式に個人事業主となります。
ステップ7:学習塾の開校
いよいよ学習塾の開校です。しかし、開校はゴールではなくスタートです。生徒一人ひとりと真摯に向き合い、成績アップや志望校合格という結果を出すことで、口コミが広がり、塾の評判が高まっていきます。
塾経営・開業に関するよくある質問

最後に、塾の経営や開業を検討している方からよく寄せられる質問にお答えします。
Q. 法人化はした方がいい?
A. 売上が安定し、利益が大きくなってから検討するのが一般的です。
最初は手続きが簡単な個人事業主として始め、年間の所得が800万円~1,000万円を超えるあたりで、税理士などの専門家に相談しながら法人化を検討するのが良いでしょう。法人の方が節税面で有利になる場合があります。
Q. 自宅でも開業できる?
A. はい、可能です。
自宅開業は、物件取得費や家賃がかからないため、開業資金を大幅に抑えられるという大きなメリットがあります。ただし、生活スペースとの区別を明確にすることや、近隣への騒音対策、マンションの場合は管理規約で事業利用が許可されているかなどを事前に確認する必要があります。
Q. 失敗しないためのポイントは?
A. 明確なコンセプト設定と、それを伝える集客戦略が鍵です。
「誰に」「何を」「どのように」提供するのかを明確にすることが重要です。
- 【ターゲットを絞る】
小学生専門、特定の中学校の生徒専門、特定の教科専門など、ターゲットを絞ることで専門性が高まり、魅力が伝わりやすくなります。 - 【他塾との差別化を図る】
料金の安さだけでなく、指導方法、面倒見の良さ、学習環境など、他にはない独自の強みを打ち出しましょう。 - 【保護者とのコミュニケーションを密にする】
定期的な面談や報告を通じて、保護者との信頼関係を築くことが、生徒の継続と口コミにつながります。
Q. 消防法に関する届け出は必要?
A. 建物の収容人数や用途によって必要になる場合があります。
学習塾は不特定多数の人が出入りする施設と見なされ、消防法上の「防火対象物」に該当することがあります。その場合、管轄の消防署へ「防火対象物使用開始届出書」の提出が義務付けられています。内装工事を始める前に、必ず物件の図面を持って管轄の消防署に事前相談に行きましょう。
まとめ
今回は、塾の経営や開業に必要な資格、資金、手順について解説しました。
資格が不要であるからこそ、あなたの教育に対する情熱や指導力、そして経営者としての手腕が直接問われます。この記事で得た知識をもとに、しっかりと準備を進め、あなたの理想とする塾の実現に向けた第一歩を踏み出してください。応援しています。
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